第35回 反芻動物の栄養生理学~その2~

学問所通信 特集コーナー
第35回 反芻動物の栄養生理学〜その2~
第35回 反芻動物の栄養生理学〜その2~

反芻動物の消化管と消化液の役割

私たちの健康を考える上で、「食事から適切な栄養をとる」ことがもっとも大切です。

そしてその口にいれた食物が実際に消化・吸収され、代謝され、排出されるまでには、

消化管と消化液の役割に加えて、自律神経系が引き起こすホルモンの分泌と作用が複雑に絡み合っています。

代謝には「アナボリック(同化)」と「カタボリック(異化)」があります。

アナボリック(同化)とは簡単に言えば「蓄えるモード」の代謝です。

蓄えるモード

反対に、カタボリック(異化)とは「燃焼するモード」の代謝です。

燃焼モード

いまある人がどちらのモードになっているのかは、ホルモンが決めます。

そしてそのホルモンは、
1)何を食べたか
2)ストレスを受けているか
に大きな影響を受けます。

人間の健康は、食べたものだけではなく、ホルモンが体内でどう働くかにも大きく影響を受けているのです。

ホルモンの作用については次回以降に譲り、まずは、反芻動物の消化管と消化液の役割についてみていきたいと思います。

反芻動物と人間

人間も牛も哺乳類です。

子宮内で胎児を育て、出産し、生まれてきた子には、母親がお乳を与えます。

身体の中で起きる消化機能やホルモンの分泌などもほとんど同じです。

人間と牛の間で大きくことなることのひとつが「胃袋」です。

牛や鹿、羊は「反芻動物」です。

特徴は胃が4つあること。

人間には胃が1つしかありません。

どこを探しても1つしかありません。


反芻動物はみずからを進化させて胃が4つになったのでしょうか。

それとも私たちが退化して、胃が1つになったのでしょうか。

それとも太鼓の昔に枝分かれしただけなのでしょうか。

いま私はその答えは知りません。


「反芻動物の胃袋は私たちのそれとは大きく異なる。」という事実がいま語れることです。


そして、「反芻動物の胃は「植物」を食べるのに適している」ということです。

牧草を食べるのに最適な歯並び

人間は食事をすると、まず口の中で、かみ砕きます。
これを咀嚼(そしゃく)といいます。
そして唾液とまじりあわせ飲み込み、食道を通して、胃に送ります。
これを嚥下(えんげ)といいます。

反芻動物である牛も同じです。
牛は牧草という植物繊維をかみ砕くために、人間とはかなり違った歯並びをしています。

牛の博物館

参考:牛の博物館(ウシとヒトの歯の比較)



歯式では
図の上半分が上あごの歯の並び。下半分が下あごの歯の並びを表しています。

数字は前から切歯・犬歯・第一(前)臼歯・第二(後)臼歯の本数を表しています。
左右どちらかです。実際の歯の本数はこの2倍になります。


まず牛の切歯(門歯)ですが、下あごにしかありません。
そして犬歯はなく、切歯として働いています。図中の赤い歯の部分です。
※動物の切歯は門歯と呼ぶことが多いです。
上あごの切歯がない部分は、歯板とよばれる固い歯茎があり、一応下あごの切歯とぶつかります。
まな板と包丁のような関係になっています。


そして牛の臼歯は人間(20本)より4本多い、24本(上下左右6本ずつ)の臼歯があります。
図では誤解を招き勝ちですが、牛の顎は人間のものより大きく発達しています。1本1本の歯も人間のものより大きいのです。
牛の歯の種類、並び、そして筋肉構造は、牧草といった植物の固い植物繊維をかみ砕くのに最適な構造をしています。


動物の歯と食べ物の関係

肉食動物(ライオンやオオカミ)は、門歯が小さく、犬歯が発達しています。
頬歯(前臼歯+後臼歯)は肉を切り裂くのに適した形をしています。

草食動物の頬歯が牧草をすりつぶすように臼状になっているのとまったく違いますね。

私たち人間や、豚、熊などは雑食動物に分類されています。
雑食動物は肉食動物と草食動物のちょうど中間です。
各歯は平均的に発達し、肉もある程度の草もかみ切れるようになっています。


唾液の働き

唾液には水、電解質、粘液と多くの種類の酵素が含まれます。
正常な人においては1日に1リットル~1.5リットルは分泌されるようです。

人間の唾液にはお米や芋などに含まれるデンプンをマルトースに分解するアミラーゼなどの消化酵素が含まれます。
また唾液は口の中の粘膜保護や、洗浄、殺菌、抗菌の役割を果たしています。

そして緩衝液(酸性に傾くのを防ぐ)としてpHが急激に低下しないように働きます。
これにより歯のう蝕をある程度防いでいます。

人間の唾液の構成成分


無機質
主要成分はNa+、K+、Ca2+、Cl-、HCO3-、無機リン酸であり、この他、Mg2+、亜硝酸イオンやF-が含まれる。
緩衝作用を持つもの:唾液液に含まれる重炭酸塩やリン酸塩により、緩衝作用を持つ。


有機質
殺菌・抗菌作用を持つもの:唾液の中に含まれる多くの物質により、殺菌、抗菌作用を持つ。
   ・リゾチーム:大唾液腺・小唾液腺・歯肉溝浸出液・唾液中白血球より分泌される。
   ・ラクトフェリン:大唾液腺・小唾液腺より分泌される。
   ・ヒスタチン
   ・ペルオキシダーゼ
    ・シアロペルオキシダーゼ:耳下腺・顎下腺より分泌される。
    ・ミエロペルオキシダーゼ:白血球由来・歯肉溝より分泌される。
   ・アグルチニン
   ・ディフェンシン
   ・免疫グロブリンIgA
   ・免疫グロブリンIgG
   ・免疫グロブリンIgM

消化作用を持つもの:唾液に含まれる下記の消化酵素により、消化が行われる。ただし、唾液には蛋白質を分解する酵素は含まれていない。
   ・アミラーゼ:耳下腺(80%)・顎下腺(20%)より分泌される。
   ・マルターゼ
   ・リパーゼ

(wikipediaより)


唾液は、口内の唾液腺と呼ばれる腺から分泌されます。

唾液の分泌

唾液腺は大きく、大唾液腺(大口腔腺) と小唾液腺(小口腔腺) に分かれます。

大唾液腺には

(1)耳下線(哺乳類の特徴)

(2)顎下腺(下顎腺)

(3)舌下線

があります。


ここまでは人間と牛をはじめとする反芻動物の間でもあまり違いがありません。
しいていえば、牛の舌には水溶性でタンパク質を多量に含む漿液腺が発達しているのが特徴として挙げられます。


人間と反芻動物における大きな違いは唾液の成分(とくに耳下腺から分泌されるもの) にあります。

唾液の成分

Na+:ナトリウムイオン, K+:カリウムイオン、Cl-:塩化物イオン、HCO3-:炭酸水素塩、H2PO4-:リン酸イオン、cation カチオン:(陽イオン)、anion アニオン:(陰イオン) *cationは Na+とK+の合計値、anionはその他マイナスイオンの合計値、Total ionはcationとanionの合計

反芻動物の唾液は消化酵素を含んでいません。
唾液にはかみ砕いた牧草をある程度の塊にして、飲み込み、そして吐き戻しを容易にする作用があります。

さらに反芻動物の唾液は人間の唾液よりもアルカリ性が強いことも特徴のひとつです。
非反芻動物のpHは7程度ですが、反芻動物のpHは8程度とアルカリ性が強くなります。

詳しくは次回に述べますが、第一胃において微生物によって生産される酸性の物質を中和します。
これにより、微生物が牧草の繊維(主にセルロース)を消化しやすい状態を作っています。

HCO3-(炭酸水素塩)が多く、Cl-(塩化物イオン)が少ないのも特徴です。
そして人間には含まれないH2PO4-(リン酸イオン)が多く含まれています。

HCO3-とH2PO4-は、第一胃内の緩衝作用として大きな役割を担っています。
第一胃へのリン酸の供給は、そこにいる微生物たちにとって重要な役割があります。

また反芻動物は摂取する窒素の量が少ないため、尿中への尿素の排泄を抑制して、
唾液を介して第一胃に送り込みます。
それを微生物タンパク質に替え、消化管からアミノ酸として再吸収する機構を持っています。
これは反芻動物がもつ生理学的な大きな特徴のひとつです。


さらに詳しくは次回「反芻動物の栄養生理学 その3」でみていきたいと思います。


補足:
ここまでの話の中では、成牛を中心としており、子牛の話は含めませんでした。
子牛の生理学については次回でまとめたいと思います。