第31回 栄養学の歴史 ~その4 いよいよビタミンC偏~(2/2)




抗脚気因子ビタミンB1の発見

壊血病と同じく、人類を悩ませた病気に「脚気」がありました。
脚気はチアミン(サイアアミン、ビタミンB1)欠乏症としていられています。
白米を主食とする民族に多い病気とされています。

エイクマンとホプキンス

話は少しそれますが、
オランダの医師クリスティアーン・エイクマンとイギリスの生化学者フレデリック・ホプキンスは 1929年「ビタミンを発見した」としてノーベル生理学賞・医学賞を受賞しました。

エイクマンは「脚気を治す物質が米ぬかにあることを指摘」しました。
ホプキンスは「ラットの実験によりミルクに成長促進因子があること論文で発表」しました。
ただこれだけです。これ以上のことは何もしていません。

なのにこの二人にはノーベル賞が贈られました。

この時点で、米国人マッカラムはビタミンAとビタミンDの発見を成し遂げていました。
ですが、マッカラムはノーベル賞に選ばれませんでした。
「ノーベル賞は欧州人のもの」という暗黙のルールがあったからと言われています。

話がそれました。
エイクマンの研究を引き継いだグレインスは抗脚気因子が「亢神経炎因子」であることを指摘します。
マッカラムはこの因子を「水溶性B因子」と名付けます。



ビタミン(Vitamine)

抗脚気因子の研究におけるホプキンスのノーベル賞は、さまざまな批判がありました。ホプキンスは1906年に「動物はタンパク質、エネルギー、脂肪の混合物では生きることはできず、必要な無機物質を注意深く与えても動物は元気でいることができない」と述べました。
またホプキンスは「ビタミンは化学的な意味では性質がわかっていないが、単に仮説的なものではない」と主張します。

これはビタミンの存在を唱えたものです。

当時はまだどのビタミンも化学的に単離・同定されていませんでした。

医学界では「ビタミンなんて存在しない!」と信じられていました。
医学界だけでなく学者の多くもそう信じていたようです。
ある生理学専門家などは「(ビタミンなんて)未知の物質のラテン語の名前をつけてでっち
あげてる!」とまで言い切ります。

そんな状況の中でホプキンスの存在は、ビタミン探究者たちにとって
大きな支えとなったのかもしれませんね。

ちなみにホプキンスは1900年に20種類のアミノ酸のうちで、生体内における量が
もっとも少ない必須アミノ酸である「トリプトファン」を発見しています。

水溶性因子Bの単離と同定

微量栄養素の発見の最大の難関である、この因子の単離と同定に成功したのは
東京大学教授の鈴木梅太郎と前出のビタミン命名者フンクでした。


鈴木は米ぬかからこの因子の結晶をえることに成功し、
「オリザニン」と名付けます。

脚気のニワトリに給餌し、脚気の治療効果をしめします。
1912年、この結果をドイツ語の論文として発表します。
ただし、鈴木の得た結晶はいろいろなものの混合物でした。

フンクは同時期に、この因子の単離・結晶化に成功し、英語で論文を書きます。
この論文でかれは、「ビタミン」という呼称を使います。


彼は気性の激しい性格だったようで、本来引用すべきであった鈴木の論文を無視します。
それどころか、非難を浴びせます。

前述のエイクマンとホプキンスのノーベル賞にも強く抗議しています。

ですが、フンクも、この栄養素の化学構造を決定し、化学合成するにはいたりませんでした。

抗脚気因子であるビタミンB1は水溶性でかつ微量です。
化学技術も未発達で、これはとても困難なことでした。



ビタミンB1の発見

こうした困難を克服し、抗脚気因子を単離・同定してのは、米国の化学者ロバート・ウィリアムズです。

彼はフィリピンに学校教師として赴任しました。

現地の児童たちが脚気に苦しんでいるのをみて、抗脚気因子の発見に取り組みます。1910年のことです。
フィリピンで米ぬかのアルコール抽出物から抗脚気因子の発見に挑戦しました。5年の努力もむなしく、成果はほとんど上がりませんでした。

その後米国に帰国し、ベル電話研究所で科学部長となります。

その間20年以上にわたり、余暇を使って抗脚気因子の発見に取り組みます。

政府からの補助金などもなく、自宅のガレージで動物実験をしていました。
まもなくすると世界は大不況に入りました。
仕事が暇になり、ウィリアムズは研究時間に多くの時間を避けるようになりました。
コロンビア大学からの協力もあり、
1934年 ウィリアムズは抗脚気因子を大量に分離することに成功します。
それから3年かけて、その抗脚気因子の化学構造を決定し、合成することに成功しました。
抗脚気因子は「ビタミンB1」と呼ばれていますが、
ウィリアムズが命名した「チアミン(もしくはサイアミン)」という呼称が広く用いられています。



チアミンはとても複雑な形をしていますね。

エネルギー産生代謝、とくに糖質の代謝に重要な役割を果たしています。
チアミンには、リン酸が2つくっついた、チアミン二リン酸は補酵素となります。

ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(糖質の代謝)
αーケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ(クエン酸回路)
分岐ケト酸デヒドロゲナーゼ(ロイシン、イソロイシン、バリンの代謝)

などの酵素の補酵素となります。

ペントリースリン酸経路でのトランスケトラーゼの補酵素になります。
(カルバニオン)

3つのリン酸がくっついたチアミン三リン酸も重要です。
神経伝導に関係します。

チアミンが欠乏すると

・慢性末梢神経炎である脚気を引き起こします。心不全や浮腫を伴う場合があります。
・Korsakoff精神病を伴う、Wernicke脳症を引き起こします。アルコールと麻薬乱用に密接にかかわります。
・比較的高糖質食をするひとたちで、乳酸アシドーシスの原因となります。

チアミンは豚肉に多く含まれています。
水溶性なので、水に溶け出します。豚汁などで、まるごといただいちゃいましょう。

次回

次回は、脂溶性因子であるビタミンEとK、そしてのこりのビタミンB群の発見の歴史をさらっとみていきたいと思います。

参考図書
「Harper’s Illustrated Biochemistry 30th Edition」
「栄養学の歴史」 Walter Gratzer著 水上茂樹訳(2008年)
「栄養学を拓いた巨人たち」 杉晴夫著(2013年)