九州食肉学問所という名前だからでしょうか。
畜産業界、食肉業界についていろいろ質問を受けます。
なかには、とんでもない勘違いや、ネットに流れる情報を鵜呑みにされている方もいます。
また家畜には一切投薬するなと、また飼料添加物を投与するなという過激派?もいます。
もちろん、投薬や飼料添加物は少ない、もしくはまったくないのが理想です。
しかしながら、そうした畜産をおこなっているのは一握りで、全体からしてみれば趣味程度なのかもしれません。
言葉の使い方次第で、いろいろ逃げ道もあります。
抗生物質とナトリウムを化合させれば、医薬品ではなく飼料添加物になったりもします。
畜産・食肉産業の全体像を把握することも難しいですし、また個別の畜産企業、農家でやってることは千差万別です。
とりあえずは、一般的に、この業界における問題となっていることをピックアップしたいと思います。
フィードロット問題
フィードロットは肥育場のことです。 食肉用として出荷する前の家畜を囲いに追い込んで、運動量を減らしたうえで、飼料(ほとんどのケースで濃厚穀物飼料)を与えることで、肉をよりおいしく(いままでの概念からすれば!)する工程です。
画像は「GoodFoodWorld」より
日本ではあまりなじみがないのですが、同じようなことが牛舎の中で行われています。
牧草で育った牛も、このフィードロットで肥育することで、穀物肥育牛として仕上げていきます。
ここでの問題はもちろん「濃厚穀物肥育」です。
穀物は牛を太らせることにおいては牧草より数倍も優れています。
また腐りにくく、管理しやすいということがあります。
加えて、ビタミン剤や抗生物質(抗菌剤)などの飼料添加物が加えられ、
肥育が促進される場合がある(必ずしもそうではない)ことです
肥育期間中は一定の囲いの中で牛たちが生活するので、糞便処理の問題、病気の問題が絶えず発生する可能性があります。
穀物生産問題
通常ビタミンEの摂取量はD-α-トコフェロールのミリグラム値で表示されています。αートコフェロールとは上記図のR1~R3までがすべてメチル基になっています。
穀物の生産は悪名高いほどに燃料を必要とします。また土壌の浸食(soil erosion)も早くなります。
化学殺虫剤(chemical pesticide)、除草剤(herbicide)、化学肥料(fertilizer)が多量に使用されるからです。 さらに農作機械が土をかき混ぜることも非常に問題です。
同じ農地で毎年繰り返し、穀物を生産するわけですから、土地が弱っていくのです。
私たちの腸内に細菌叢があることはよく知られています。マイクロバイオームとも呼ばれています。
そして土地にもバイオーム(生物群系)があります。その土地に生えている植物のみならず、ミミズなどの昆虫、微生物、菌などが生態系を維持しています。
近代的な穀物生産はそうしたものを壊してしまいます。
土壌が本来もつ「腐植」という土の力が失われていきます。
そうなるとさらに化学肥料や薬品に頼らざるをえなくなります。
またあらたに森や林を切り開き、農地を広げていかなければなりません。
**腐植とは**
森林生態系において地上部の植物により生産された有機物が朽木や落葉・落枝となって地表部に堆積し、それを資源として利用するバクテリアなどの微生物やミミズなどの土壌動物による生化学的な代謝作用により分解(落葉分解)されて土状になったものである。 腐植土は厳密には土ではない。
製薬会社問題
しばしば濃厚穀物肥育の牛肉生産は製薬メーカーのようだと揶揄されます。
畜産は年々大規模化しています。農場の数は減っているのに、農場一軒当たりの飼育頭数は増えているのです。こうした大企業経営の畜産においては、時折、いや結構かなり、安全性よりもコストが重要視されてしまうのです。
過密な状況で飼育されれば、牛でなくとも病気が蔓延します。牛が死んでしまえば大打撃です。 さらに一段と家畜を太らせるために、あらゆる手段が使われています。
免疫抑制薬であるワクチンの投与があります。
治療目的でない成長目的での抗生物質の給餌があります。
アメリカやオーストラリアの輸出用食肉には、成長促進ホルモン剤が利用されています。
こうした投薬の問題は、さらにその薬品に抗体があるあらたな病原体を作り出してしまうことです。
ハエ除けのための殺虫剤(Pyrethroid)は投薬を始めた1年以内にはそれに抗体のあるハエが誕生します。除草剤(herbicide)もまたしかりです。
これは消費者の側にも問題があるかもしれません。
穀物で育った牛肉は、しばしば脂肪交雑も入り、やわらかく、おいしいともてはやされています。
量販店も消費者の期待に応えるためいかにそれを安く提供するかを考えます。
安く生産しようと圧力がかかれば、行きつく先は薬品による経営効率改善しかありません。
私が九州内の生産者を回っていて気付いたのは、「良い生産者の畜舎は”臭く”ない」ということです。
これは、掃除が行き届いていて、臭さを消しているということではありません。
規模の大小こそあれ、生き物を育てている以上、”匂い”はかならずあります。
大規模であれば、垂れ流される糞便の量も多くなります。
そうなれば、匂いも増します。
ですが、それはどこか懐かしいにおいなのです。香りといってもよいかもしれません。
一方で、いろんな意味で問題のある生産者の畜舎のまわりは、いてもたってもいられないくらい”臭い”のです。これは下痢などの問題が強く関係しています。
とにかく濃厚な穀物飼育をしている牛は、下痢や病気が多いのです。
薬品の使用は多くならざるをえません。
上記で見てきたように、近代的な畜産(とくに牛肉)には大きな問題をはらんでいます。
私たちが健康的な食生活を送る上でも、そしてまた地球環境にとってもです。
私たちはお肉を食べるのをあきらめるべきなのでしょうか。
血糖値スパイクをおそれながら、穀物をおそるおそる食べていくべきなのでしょうか。
栄養不足に陥るのも気にせずに、菜食すべきなのでしょうか。
その答えは、「反芻動物」にあります。
反芻動物は
・人間が消化できない草や野菜の細胞壁(セルロース)を消化して吸収できる。
・草や野菜などの低品質なタンパク質を高品質なタンパク質に変換する。
・糞便は肥料となり、飼料となる牧草を育てる土壌の栄養となる。
という人間にも環境にとっても重要な役割があります。
そこで学問所通信では今回から3回(予定)にわたり「反芻動物の栄養生理学」を学んでいきたいと思います。 そのためにこれまでの通信で栄養学・生化学の勉強をしてきたのですから!(笑)
はじめに、反芻動物の【反芻】とはなんなでしょうか。
牛や羊、山羊、草食の反芻動物です。
多きな特徴は胃が4つあることです。下記の図をご覧ください。
焼肉屋さんなんかの図ではよく第一胃→第二胃と第三胃が一列に連なって表現されています。
わかりやすいのですが、正確ではありません。
第一胃から第三胃まではお互いがっちりくっついて団子状態になっているというほうが現実には近いのです。 詳しくはまた述べますが、第一胃から直接第四胃に消化物を送り届けたりもできます。
また子牛のときは、第一胃から第三胃までは発達しておらず小さな団子みたいな感じになっています。
牛は食べた牧草をかみ砕き、第一胃と第二胃をつかって唾液と混ざり合せます。
まだ消化にすすめない固形分は、「食い戻し」によって、口にもどり、再度咀嚼されて、胃に戻されます。
これが反芻です。
簡単に言うと、吐いて口の中にもどし、また飲み込んでいるのです(笑)
さて、学問所のオリジナルブランド「九州牧草牛」の内臓で、それぞれの器官をみていきましょう。
右上が第一胃・通称ミノ(見切れてしまっているのですが、内面はヒダヒダがびっしり覆っています。)
左上が第二胃・通称ハチノス
下がが第三胃・通称センマイ
第一胃から第三胃までに共通しているのは、「ヒダヒダがすごい!」ということです。
微生物が生活しやすいようになっています。
そして、「ヌルヌルしていない!」ということです。
第四胃・通称ギアラからは消化液が分泌されています。小腸、大腸ともにヌルヌルしています。
写真がありません。次回撮影します・・・すみませんm(__)m
第四胃から十二指腸、小腸、大腸は一本につながっています。
第一胃から第四胃までのさらに詳しい特徴や役割は次回以降の学問所通信でみていきたいと思います。
次の画像は小腸です。十二指腸もどっかかに混ざっています(笑)
ぬるぬるしています(笑)
大腸・通称シマ腸(写真下)です。ピンク色できれいな縞模様が入っていますね。
こちらもヌルヌルしています。
小腸から大腸についてのに詳しい特徴や役割も次回以降の学問所通信でみていきます。
第一胃はルーメンとも呼ばれています。
ルーメンは微生物による巨大な発酵タンクです。
このルーメンに人間では消化できない植物性繊維(草の細胞壁)を消化・吸収する秘密があります。
そしてそのことは、人間が食べて栄養にするには不十分な植物性タンパク質を、人間が食するにふさわしい動物性タンパク質に変わることを意味します。
反芻動物の身体はビタミン・ミネラルにあふれ、また脂肪を代謝するL-カルニチンにあふれています。
そして、少ないながらもついている脂肪には、人間が必要とするωー3脂肪酸が蓄えられています。
この事実は、反芻動物が人間とは決定的に違う栄養生理機構をもっていることを示しています。
次回以降の学問所通信では、
反芻動物、とくに牛の栄養生理学について詳しくみていき、これらのなぜを解き明かしていきたいと考えています。
参考図書
「反芻動物の栄養生理学」 佐々木康之監修 小原嘉昭編
「ハワードの有機農業」 アルバート・ハワード著
「SALAD BAR BEEF」 Joel Salatin
「肉用牛新飼料資源の特徴と給与」 木村信熙・野中和久監修
「大学生物学の教科書」 D・サダヴァ著