第36回 反芻動物の栄養生理学 その3(2/2ページ)





第二胃~第四胃の役割

第二胃(通称ハチノス)、や第三胃(通称センマイ)は第一胃のサポートをしています。

第四胃(通称ギアラ)になってはじめて、私たちの胃のような「胃液」が分泌されます。
そのため、第四胃は胃液でべたべたしています。

第一胃で微生物発酵をうけた残りかすは、第二胃、第三胃で選別され、あるものは、第一胃へ
押し戻され、問題ないものは第四胃へとすすみ最終的な消化をうけ、十二指腸へ運ばれます。

子牛の消化機構とチーズの関係

子牛の胃袋は牧草を反芻しながら消化するほど大きく発達していません。

子牛は主にミルク(母乳であれ飼料用乳であれ)で育ちます。

ミルクは液体です。小さな胃袋では流れすぎていってしまいます。

現に子牛が飲んだミルクは第一胃~第三胃を通り越して、第四胃まで流れていってしまいます。

これでは消化も吸収もおぼつきません。

そこで第四胃ではものすごいことが起きます。

「凝集」という現象が起きるんですね。

水っぽかったミルクが、一瞬で豆腐(カード)状になります。

第四胃では、レンネットという消化液が分泌されます。

このレンネットには
キモシン 約90%
ペプシン 約10%
が含まれています。

ペプシンはタンパク質分解酵素でしたね。
キモシンがミルクを一瞬で凝固します。

一瞬です(笑)

カード状のミルクをゆっくり分解して、小腸で栄養素を吸収します。

このキモシンはチーズを液体から個体に凝集するときにも使われています。

キモシンは子牛が成長して牧草を食べるようになると、分泌されなくなります。
その代わり、タンパク質分解酵素であるペプシンが多くなってきます。
面白いですね。

じつは子牛の第四胃というのは「レンネット」と呼ばれ、本格的なチーズ作りには
かかせない素材なのです。

飼料と月齢の違いが内臓に及ぼす影響

まずは写真を見てください。

約12か月齢の牧草肥育牛
約24か月齢の牧草肥育牛
約24か月齢の穀物肥育牛

牧草のみで育てた牛の内臓は、胃袋、腸ともにとてもきれいですね。月齢とともにだんだん色が薄くなってはきていますが。
ほとんど臭みがなく、汚れもないため、洗うのがとても楽です。

穀物肥育をした牛の内臓は、色が黒ずんできます。またにおいもかなりきついです。写真の小腸はきれいですが、においが若干あります。
肉屋さんがホルモンを洗うのが大変だ!とよくいいますが、穀物肥育で内臓が汚れてしまうからなんですね。

牧草で育った牛の第一胃はとても大きいです。 これに対して、穀物で育った牛の第一胃はほんとうに小さいです。
第一胃が発酵タンクとしての役割を果たしていなかったことを物語っていますね。

そして、胃液を分泌する第四胃は、微生物発酵ができていない穀物飼育の牛で大きくなっています。
第四胃は別名「赤センマイ」と呼ばれるほど、きれいな赤色をしているのですが、穀物肥育牛のそれは、あまりいい色をしていません。

第四胃から小腸・大腸は下部消化管となります。
これらについては次回詳しくみていきたいと思います。

まとめ

牛もヒトも哺乳類。同じような生理学的特徴をもっています。
牛とヒトで決定的に違うのは胃袋の形状と機能です。

牛には胃が4つあります。そこでは「微生物発酵」が行われています。 嫌気性でアルカリ性の環境化で微生物発酵により脂肪酸やタンパク質などを生成します。その脂肪酸(短鎖)は胃壁から吸収され、全身のエネルギーに利用されるのです。

微生物は植物の細胞壁であるセルロースをグルコースに変え、それを脂肪酸やタンパク質に変えているのですね。
この微生物発酵は第一胃~第三胃で行われ、微生物が利用できない大きなものはいったん口にもどされかみ砕かれます。これが反芻ですね。

実は第一胃~第三胃はヒトで言うところの食道が発達したもののようです。牧草をたべ、エネルギーに変える行為を食道でやっているとおもうとすごいですよね。ヒトはここまでできません。セルロースに覆われた食品が本当にヒトに必要なのかとまで考えてしまいますね。

微生物により生成されたタンパク質は微生物などとともに第四胃に運び込まれ、そこでようやく胃酸による消化が行われます。ここからはヒトと似ていますね。
牧草というあまり成績のよくない植物性タンパク質を成績優秀な動物性タンパク質に変えるのですから、すごいですよね。しかも牛は使いきれなかったタンパク質をアンモニアとして再吸収し、唾液に戻して再利用するという機構があります。

ヒトではこんなことできませんよね。

微生物が発酵して生成したグルコースは、この第四胃まで届きません。ほとんどすべてが脂肪酸に変換されて吸収されてしまっているからです。 牧草のみで育てた牛は小腸でのグルコース吸収能力が退化します。

もし牛を穀物で育てたらどうなるか。穀物のデンプンは「デンプン分解菌」がグルコース→プロピオン酸に変換します。このプロピオン酸が過剰になり、胃が酸性に傾きます。するとセルロースを分解していた「セルロース分解菌」は死滅していまいます。これでは牧草をエネルギーに変えることができなくなりますね。困りました。こうなると乳酸も過剰発酵されだし、牛は「アシドーシス」になります。


微生物発酵だけではデンプンの処理が間に合わないと、次々に第四胃に送られ、小腸で吸収されます。デンプンは加水分解されグルコースとなって吸収されます。、穀物肥育の牛は小腸でのグルコース吸収能力が復活してしまうのです。これが行き過ぎ血糖値が高い状態が続くと、牛はさまざまな病気にかかりやすくなります。抗生物質で症状は緩和できても病気との闘いは続きます。究極は「糖尿病性ケトアシドーシス」になります。畜産農家さんはこれを「ケトーシス」と呼びますが、本来はケトアシドーシスと呼ぶべき病気です。怖いですね。

ですが過剰なグルコースが、病気をもたらしやすいというのは牛もヒトも同じなんですね。

なぜ畜産農家は牧草で牛を育てず、穀物で牛を肥育するのでしょうか。 それは「霜降りを入れて牛を太らせる」ためです。
霜降り肉は半分脂です。ですがお肉が柔らかくなり、多くの消費者に喜ばれています。
病気との瀬戸際ですが。


牛は牧草だけを食べて育つ限り(塩は舐めますが)、ほとんど病気をしません。血糖値が低くかつ栄養満点だからです。しかも、その肉はヒトにとって栄養満点になります。

私たちには残念ながら微生物発酵タンクはありません。

口で食物をよく噛んで、それを胃で消化したものを腸で吸収してエネルギーに変えます。
グルコースが多ければ血糖値があがります。
血糖値を直接的にあげるのは糖質だけです。

血糖値を上げないためにはどうするか。
ご存知の通り、ヒトはグルコースを摂取しなくても低血糖になることはなくケトン体ー脂肪酸で健康にいきていけます。

ヒトとしてヒトらしく生きるか。濃厚穀物肥育の家畜のように生きるか。

私たちは何を食べるべきかよく考えないといけないですね。 

参考図書
「反芻動物の栄養生理学」 佐々木康之監修 小原嘉昭編
「ハワードの有機農業」 アルバート・ハワード著
「SALAD BAR BEEF」 Joel Salatin
「肉用牛新飼料資源の特徴と給与」 木村信熙・野中和久監修
「大学生物学の教科書」 D・サダヴァ著
「生命、エネルギー、進化」 ニック・レーン著
「牛乳とタマゴの科学」 酒井仙吉著
「チーズの科学」 斎藤忠夫著
「アミノ酸の科学」 櫻庭雅文著