学問所通信 特集コーナー
第33回 栄養学の歴史 ~その6 最後のビタミン編~
今回の特集では、
脂溶性ビタミンであるビタミンEとK、
そして
水溶性ビタミンであるビタミンB6、B5、B7、B9
の発見の歴史を見ていきたいと思います。
ビタミンはこれで最後です!
ビタミンE
ビタミンEは抗酸化作用があることで知られています。
鶏肉などでも、ビタミンEが豊富になるほど、肉質や保水力がよく、食感もよくなります。
当店の無投薬どりは、他の若鶏と比べると、ビタミンEが2倍から3倍も多いという結果がでています。
このビタミンEは
米国カリフォルニア大学のエバンスによって、1923年に発見されました。
ビタミンEが欠乏した雌のラットは不妊・死産をおこしました。
また雄・雌ともに成長が阻害され、筋肉や中枢神経の障害が起きました。
エバンスは、麦芽油などの植物油が有効であることを見つけました。
ですが、この結果は、多くの化学者が再現できず、エバンスは嘘つき呼ばわりされてしまいます。
実はビタミンEは熱には強いが、紫外線や酸化物によわく、すぐ分解されてしまうためだったのです。
しかし、結局、この因子は結晶化され、構造式が決定されました。
そのときこれは「トコフェロール」であることがわかりました。
ビタミンEは別名「αートコフェロール」と呼ばれます。
トコフェロールにはアルファ、ベータ、ガンマなどの種類があります。
アルファがもっとも作用が強く、脂質の過酸化を防止します。
通常ビタミンEの摂取量はD-α-トコフェロールのミリグラム値で表示されています。αートコフェロールとは上記図のR1~R3までがすべてメチル基になっています。
ビタミンEには細胞膜や血漿中のリポタンパク質のフリーラジカル連鎖反応を止める抗酸化作用があります。不飽和脂肪酸由来の過酸化脂質ラジカルと反応して、連鎖反応を食い止めます。
フリーラジカルは、相手の物質を酸化する力が強い分子です。
みなさんよく聞くのが「活性酸素」ですね。
活性酸素の中にもフリーラジカルとそうでないものがあります。
細胞を錆びつかせて、老化を促進する作用があるといわれています。
これを食い止めるのがビタミンEなのです。
図2はご参考まで。
R*:フリーラジカル
PUFA-OO*:細胞膜リン脂質の高度不飽和脂肪酸のぺルオキシラジカル
PUFA-OOH:細胞膜リン脂質中のヒドロキシぺルオキシ高度不飽和脂肪酸
PUFA-OH:ヒドロキシ高度不飽和脂肪酸
TocOH :α-トコフェロール
TocO*: α-トコフェロールラジカル
Se :セレン
SSH:還元型グルタチオン
GS-SG:酸化型グルタチオン
PUFA-H:高度不飽和脂肪酸
ビタミンEは、オリーブオイルなどの植物油、アーモンドなどの種実類などに多く含まれているといわれています。当店の無投薬どりにも100g中約0.9gほど含まれています。
酸化防止剤という添加物として食品に入っていたりもします♪
ビタミンK
ビタミンKは1935年にコペンハーゲン大学のH・ダムによって発見されました。
ダムは、ニワトリをある特定のエサで育てると、
皮下に出血を起こしやすいことに気づきます。
やがて、この症状に有効なのは脂溶性ビタミンであることがわかりました。
しかしながら
すでに発見されていた脂溶性ビタミンである、
ビタミンA(1914年 マッカラム&デービス)
ビタミンD(1921年 マッカラム)
ビタミンE(1923年 エバンス)
とは違う物質でした。
※カッコ内は発見年と発見者名
ダムはこの物質をビタミンKと名付けました。
Kはドイツ語で凝固(Koagulation)を意味します。
これで脂溶性ビタミンがすべて発見されました。めでたしめでたしですね。
ビタミンKは緑色の野菜に含まれるフィロキノン(phylloquinone)と腸内細菌により生成されるメナキノン(menaquinone)がります。
メナジオールとメナジオール二酢酸(menadiol diacetate)は代謝されて、フィロキノンになります。
ビタミンKはγ-カルボキシグルタミン合成において補酵素の役割をします。
ビタミンKが欠乏すると、γ-カルボキシ化が起こらずタンパク質とカルシウムの結合が弱くなります。
そうすると出血時に血液凝固時間が長くなるといわれています。
ビタミンKは納豆やパセリ、わかめなどに多く含まれています♪お肉だけでは補いにくい、ビタミンかもしれません(穀類、魚類、乳製品よりは圧倒的に多いですが)。
牛にスイートクローバー病といものがあります。
筋肉内や間接腔への出血により、強直(きょうちょく)や 跛行(はこう)
といった症状がでます。
スイートクローバーというのはマメ科の牧草です。
スイートクローバーにはクマリンが含まれます。
このクマリンがカビによってジクマロールになる場合があります。
このジクマロールには、ビタミンKの作用を抑制する効果があります。
ビタミンKには血液を凝固させる作用がありますから、
ジクマロールには血をさらさらにする作用があることになります。
心臓疾患をもつ患者がワルファリンという、いわゆる「血液をサラサラにする薬」
を飲んでいます。
このワルファリンはジクマロールの構造をもとにして合成されて化学物質なのです。
血液さらさらにしたいかたは、スイートクローバーをむさぼりましょう(違
ちなみに妊婦にワルファリンを投与すると、胎児が致死的な骨異常を引き起こすことが
知られています(胎児性ワルファリン症候群)
さて、のこりは水溶性ビタミンです。
すでに説明してきたものに、
ビタミンC(アスコルビン酸) 1928年 セント・ジェルジ
ビタミンB2(リボフラビン) 1933年 オズボーン
ビタミンB1(サイアミン) 1936年 ウィリアムズ
ビタミンB3(ナイアシン) 1937年 エルヴィーエム
ビタミンB12(シアノコバラミン) 1948年 マーフィー
があります。
のこりはビタミンB6、ビタミンB5、ビタミンB7、ビタミンB9です。
ビタミンB6
1936年 ビタミンB6はT・バーチとP・ギョールギーによって発見されます。
ラットのペラグラ症状に対して有効な作用がある物質ということで発見されました。
別名「ピリドキシン」とも呼ばれます。
ビタミンB6はアミノ酸およびグリコーゲン代謝にとって重要な補酵素となります。
またステロイドホルモン作用においても重要です。
B6としての活性をもつのはピリドキシン(pyridoxine)、ピリドキサール(pyridoxal)、
ピリドキサミン(pyridoxamine)とそれぞれの5’-リン酸化合物(図右側)です。
ひとの体内のビタミンB6のほとんど(80%)は筋肉中のピリドキサールリン酸です。
これはグリコーゲンホスホリラーゼと結合しています。
飢餓時に貯蔵グリコーゲンがなくなると遊離して、アミノ酸からの糖新生の必要に応じて、
肝臓と腎臓で利用されるようになります。
つまり、グリコーゲンがグルコースに変換されるときに必要となり、アミノ酸からグルコースを作り出すときにも利用されます。
またアミノ酸代謝、アミノ基転移と脱炭酸に必要な多くの酵素の補酵素となります。
またピリドキサールリン酸は、ホルモン-受容体複合体をDNAから切り離し、ホルモン作用
を終結させる役割もあります。
ビタミンB6はお肉のレバーにも豊富に含まれています。
ビタミンB5(パントテン酸)
パントテン酸として知られるビタミンB5は1938年 R.J.ウイリアムズによって発見されました。
ビタミンB1を発見した R.R.ウイリアムズとは兄弟です。
次回の学問所通信と関係しますが、エネルギーの代謝に必要な物質としてアセチルCoAがあります。
CoAは補酵素Aと呼ばれます。
パントテン酸はこの補酵素Aの一部として利用されます。
ビタミンB7(ビオチン)
ビタミンB6を発見したギョールギーは、なんとビタミンB7も発見しています。
英国のホプキンス大学から、アメリカに移ってからの発見です。
1940年のことです。
ラットに多量の卵白を与えると発病する「卵白障害症候群」にたいして有効な「抗卵白障害因子」
として発見されました。
ビオチンはビオシチンの形で多くの食品に含まれています。
ビオシチンはタンパク質の加水分解で遊離され、腸内細菌叢によってビオチンに合成されます。
アビジンを含有する卵白を未調理で【異常に大量摂取】すると、アビジンがビオチンと結合して、
体内に吸収できなくなります。
ビオチンはエネルギー代謝の過程で必要な酵素の働きを助ける補酵素の役割をします。
ビオチンの欠乏について、その症状は不明です。
ビタミンB9(葉酸)
ビタミンB9は英国の女性病理学者ルーシー・ウィルズによって1944年に発見されました。
インドの繊維工場で、妊娠している女性が重度の貧血症にかかる病気が多く発生していました。
ウィルズはこの病気は感染症ではなく、栄養因子の欠乏によることを見抜きます。
ウィルズは酵母製品を食事に加えることで、この病気を一掃します。
その後、この有効成分はホウレンソウの葉からとれることがわかり、「葉酸」と名付けられました。
葉酸(プテロイルグルタミン酸 pteroyl glutamate)の活性型は、テトラヒドロ葉酸です。
プテリジンにパラアミノ安息香酸とグルタミン酸が結合した形をもちます。
食品中の葉酸は、γ-ペプチド結合により、グルタミン酸残基が7個まで不可結合しています。
さらに、5-ホルミル-THF、10-ホルミル-THF 、5-ホルムイミノ-THF 、5,10-メチレン-THF、5-メチル-THF、5,10-メテニル-THFというテトラヒドロ葉酸の一炭素単位置換葉酸類というものも食品中に存在します。*THFはテトラヒドロ葉酸
この図はまた別の機会に説明しますが、簡単にいうと摂取した葉酸は体内でホルミル-THF⇔メテニル-THF⇔メチレン-THF間はいったりもどったり(可逆的)できます。
そしてメチレン-THFからメチル-THFへの反応は不可逆的なのでも元に戻りもどることができません。
メチル-テトラヒドロ葉酸(メチル-THF)は、組織へのテトラヒドロ葉酸の供給源となります。
ビタミンB12のところで述べたように、体内のホモシステインがメチオニンに変換されるには、メチオニンシンターゼが活性化されなければなりません。ビタミンB12が不足すると、ホモシステイン→メチオニンの変換がうまくいきません。
そしてその裏では、メチルテトラヒドロ葉酸のテトラヒドロ葉酸へ変換もうまくいきません。
その結果、ビタミンB12が不足すると、体内組織で必要な葉酸も不足する(原料はあるのに!)
ことになります。
葉酸が不足すると、「巨赤芽球性貧血」というものを引き起こす可能性があります。
活発に分裂している細胞はDNAに大量のチミジンを必要とします。
とくに骨髄の中の「赤芽球(赤血球の赤ちゃん)」が細胞分裂で成長せず、ただサイズが大きくなり(巨赤芽球)、赤血球になるまえに壊れてしまい、結果貧血を引き起こしてしまいます。
受胎前に葉酸を補充すると、胎児の脊椎分離症(spina bifida)やその他の神経管欠損症(neural tubu defect)を減少させることができます。
またホモシステイン蓄積を防ぎ、動脈硬化(atherosclerosis)、血栓症(thrombosis)、高血圧症のリスクを低減するといわれています。
最後に
これまでにご紹介した水溶性ビタミンは微量ながらもヒトが生きていく上で大切な栄養素です。
正しい食生活をしていれば、基本的に不足する心配はないとされています。
水溶性ビタミンは、エネルギー代謝において、多くの場面で、
補酵素として重要な役割を担っています。
摂取した栄養が、体内で適切な物質に変化し、エネルギーとなって燃えるまでに、水溶性ビタミンの
サポートが必要なのです。
ということで、次回の特集では、エネルギー代謝の発見の歴史についてみていきたいと思います。
「Harper’s Illustrated Biochemistry 30th Edition」
「栄養学の歴史」 Walter Gratzer著 水上茂樹訳(2008年)
「栄養学を拓いた巨人たち」 杉晴夫著(2013年)